このページの要点
- 点検は、契約前(範囲・許認可・従業員・賃貸物件)、クロージング(代金と引渡し)、引渡し後(債務・個人情報・責任・競業避止)の流れに沿って行う。
- 点検記録(3依頼者分)のうち事業譲渡契約書の1依頼者分20件では、8件が事業の実態と書面が合わない型だった。1依頼者の例として読み、傾向とは書かない。
- 契約上の地位は相手方の承諾、債務は債務引受、賃借権は賃貸人の承諾、従業員は本人の承諾が必要で、移るものは契約書の書き方と手続で決まる。
- 表明保証・賠償の上限・請求期間・競業避止は、事業の規模と実態に見合う範囲に絞る。法律が認める上限があっても、広い約束が有効とは限らない。
このページの結論
- AIで作った事業譲渡契約書には、一応の体裁があります。点検の記録では、何を譲り何を譲らないか、許認可を前提条件にしているか、代金と引渡しの順序、個人情報の渡し方といった、事業の実態と書面が合わない箇所が残っていました。
- 譲渡人側の点検は、契約前(範囲・許認可・従業員・賃貸借)、クロージング(代金と引渡し)、引渡し後(債務・個人情報・責任・競業避止)の流れに沿って点検表を作ると、抜けが見つけやすくなります。
- 20件は1依頼者分の記録なので、例として読みます。このページは譲渡人側の立場で書いており、譲受人側の点検は重点が異なります。
事業譲渡契約書を、譲渡人側から読む
事業譲渡(会社や個人が営む事業を、設備・契約・取引関係といった個々の財産を移す形で、他の者に引き継ぐこと用語集)は、会社の持ち主を替える株式譲渡と違い、移すものを一つずつ決める取引です。設備や備品、契約上の地位、債権や債務、従業員、許認可、賃借している事務所や店舗は、それぞれ移し方が異なり、契約書にどう書くかで移るものが決まります。事業の実態に合わせて書かなければ、移ると思っていたものが移らず、移さないつもりのものが移ると読まれます。事業譲渡と株式譲渡の違いや契約の流れは、事業譲渡と株式譲渡の違いのページが全体を説明しています。
譲渡する側が株式会社で、事業の全部、または重要な一部を譲るときは、効力が生じる日の前日までに、株主総会の決議によって契約の承認を得なければなりません。重要な一部の譲渡は、譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1を超えない場合などを除きます(会社法467条1項1号・2号)。[1]契約書の点検は、こうした会社内部の手続とは別に、書面が事業の実態と合っているかを確かめる作業です。
このページは、事業を譲る側(譲渡人)の立場で書いています。譲受人の立場では、譲渡人の表明保証をどこまで求めるか、代金の支払をどう担保するか、引き継ぐ債務の範囲といった別の点に重点が移ります。片方の立場の点検を一般論として他方に当てはめないようにしてください。
点検の記録で見られた例:二十件を事業譲渡の流れに並べる
AIの下書きの点検記録点検の実務で見られた例として
許認可・指定が必要な事業の事業譲渡契約書(譲渡人側)の初稿を点検した例
許認可や指定を受けて営む事業を居抜きで譲る事業譲渡契約書について、AIが作成した初稿を、譲渡人の立場から点検した記録です。記録は、AIで作成された事業譲渡契約書としては一応の体裁があると述べたうえで、20件の不備を挙げて直しています。
20件の中心は、事業の実態や譲渡人の意図と書面が合わない箇所です。譲渡資産の目録が実態を覆っていない、債権やリース品は譲らない意図と文言が矛盾している、利用者の承継が当然であるかのように読める、指定を取得していることが前提条件になっていない、代金と引渡しが同時履行になっていない、一括払いなのに分割払い向けの条項がある、といった形で現れていました。
AIで作った下書きの点検記録(3依頼者分、誤り・不備59件)のうち、事業譲渡契約書を点検した1依頼者分の20件です。1依頼者の記録のため、傾向とは言わず、一つの例として扱います。
事業譲渡契約書の点検で直した20件を型で分けると
| 型 | 件数 | 依頼者数 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 事業の実態・意図と書面が合わない(矛盾、対応条項の欠落を含む) | 8件 | 1依頼者例 | 目録、債権・地位、債務の時点、体制、一括払い、賃貸借、利用者、運営基準 |
| 責任・保証・競業避止の過不足 | 3件 | 1依頼者例 | 表明保証、賠償の上限、競業避止 |
| 個人情報・要配慮個人情報の扱い | 2件 | 1依頼者例 | 情報の引継ぎ、守秘条項 |
| 別の文脈の言い回しの混入・不正確な法令の言及 | 2件 | 1依頼者例 | 個人契約用の事由、協議条項 |
| 代金と引渡しの規定不足 | 1件 | 1依頼者例 | 同時履行になっていない |
| 他法令の許認可との境界 | 1件 | 1依頼者例 | 指定の取得が前提条件でない |
| 本文と別紙の食い違い | 1件 | 1依頼者例 | 現状有姿と契約不適合責任 |
| 管轄の定め | 1件 | 1依頼者例 | 専属的合意管轄でない |
| 運営者保護条項(反社会的勢力の排除)の簡素さ | 1件 | 1依頼者例 | 記録は大きな欠陥ではないと評価 |
3依頼者分の点検記録(誤り・不備59件)のうち、事業譲渡契約書を点検した1依頼者分の20件。1件を主たる型の一つに数えています。
20件のうち8件が「事業の実態と書面が合わない」型でした。条項の不足というより、契約書が事業の実際の姿を写していない、という種類の問題です。ただし、1依頼者の記録から言えることなので、事業譲渡契約書一般の傾向としては読まないでください。
この記録には、古い法律の名称のまま書かれていた、存在しない条文を引いていた、といった指摘は含まれていません。そのため、こうした型を「AIの下書きで見つかった」とは書かず、確認できていない、と事実どおり書きます。AIがしやすい理由として記録に記載があったのは、後の節で述べる個人契約用の事由の混入の1件だけで、ほかの19件には理由の記載がありません。
事業譲渡の流れに沿った点検表
点検表は、契約前・クロージング・引渡し後の三つの時点に分けると使いやすくなります。時点ごとに、書面が実態を覆っているか、前提条件が置かれているか、後に残る責任が限られているかを確かめます。次の表は、記録で直した内容を、この流れに並べ直したものです。
譲渡人側の点検表(記録で見つかった例と直し方)
| 時点 | 観点 | 見つかった例 | 直し方の方向 |
|---|---|---|---|
| 契約前 | 譲渡する資産の範囲 | 目録に主要な機器と車両しかなく、備品・書類などを一式で譲るという実態に合わない | 目録外の動産一式を含む包括規定と、譲渡対象外の列挙を置く |
| 契約前 | 債権・契約上の地位 | 「債権、契約上の地位を含む」と書かれ、債権やリース品は譲らない意図と矛盾する | 譲渡対象外の資産と債権債務を明記する |
| 契約前 | 利用者・顧客の承継 | 利用者は資産として当然には譲れないのに、利用継続を保証しない旨がない | 利用の継続・契約の締結・稼働率・報酬額を保証しない旨を書く |
| 契約前 | 許認可・指定 | 申請手続を遅滞なく行うにとどまり、指定の取得が前提条件になっていない | 取得をクロージングの前提条件にし、取得できないときは責任なく解除・延期できるようにする |
| 契約前 | 従業員と運営の基準 | 従業員を移さないのに体制の維持を結果として保証し、人員の基準を満たせない場合の免責もない | 「合理的に可能な限度で維持に努める」とし、人員確保は譲受人の責任とする |
| 契約前 | 賃貸物件 | 名義変更を予定しながら、貸主の承諾、切替日、敷金、原状回復などが定められていない | 貸主の承諾と精算・責任分担を定め、承諾が得られないときの解除・延期を可能にする |
| クロージング | 代金と引渡し | 代金は譲渡日に支払うとあるだけで、引渡し・鍵・名義変更が同時履行でない | 代金の全額が入金されたことを確かめた時に、引渡しと所有権の移転が効力を持つ形にする |
| クロージング | 支払条項の整合 | 一括払いなのに、分割払い向けの期限の利益の喪失条項が置かれている | 不払いのときの引渡し拒絶・解除・損害金の効果を定める条項に置き換える |
| 引渡し後 | 債務の切り分け | 債務は承継しないとあるのみで、譲渡日の前後で責任を分けておらず、入金月がずれる報酬の帰属も不明 | 譲渡日前に生じたものは譲渡人、以後は譲受人の負担とし、補償条項を置く |
| 引渡し後 | 情報と個人情報 | 「必要または有益と認める全ての情報」を渡す構造で、守秘も企業秘密に限られる | 引継ぎに通常必要な情報に限り、個人情報の取扱いを別に定める |
| 引渡し後 | 責任と競業避止 | 表明保証が広く、賠償の上限と請求期間がなく、競業避止の期間・地域・対象が過大 | 保証を限定し、上限と請求期間を置き、競業避止の範囲を絞る |
| 引渡し後 | 本文と別紙 | 商法526条の適用排除が唐突で、現状有姿と契約不適合責任の排除が別紙にしかない | 本文に現状有姿・非保証の定めを置く |
このほか、書面の仕上げとして、個人契約用の事由の混入、協議条項の法令の言及、管轄、反社会的勢力の排除条項が指摘されました。
契約前に決める:何を譲り、何を譲らないか
最初に確かめるのは、譲渡の範囲です。点検の記録では、目録に主要な機器と車両しか載っておらず、什器、備品、事務用品、書類などを居抜きで譲るという実態と合っていませんでした。範囲があいまいなままだと、譲受人が「事業所にあったのだから当然に取得した」と主張するおそれがあります。記録の直し方は、目録外の動産一式を含む包括規定を置くと同時に、譲渡の対象外とするもの(リース品など)を列挙する、という組み合わせでした。
反対向きの食い違いもありました。「債権、契約上の地位を含む」と書かれているのに、譲渡人は債権やリース品を譲らない意図だった、というものです。契約上の地位は、譲渡の合意に加えて相手方の承諾があって初めて移ります(民法539条の2)。債務も、事業を譲ったというだけでは譲受人に当然には移らず、債権者との関係では、債務引受の手続(470条・472条)を経て初めて移りまたは譲渡人が免れます。[2]
譲渡人の立場では、会社法と商法の規定も関わります。譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合は、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負い、その場合の譲渡会社の責任は、事業を譲渡した日後二年以内に請求または請求の予告をしない債権者に対しては、二年の経過で消滅します(会社法22条)。商号を使い続けない場合でも、譲受会社が債務を引き受けると広告したときは、債権者はその譲受会社に支払を求められます(23条)。商人どうしの事業(営業)譲渡では、商法17条・18条に同じ趣旨の規定があります。[1][3]
債務の切り分けは、時点の書き方が要です。譲渡日より前に生じた債務は譲渡人、譲渡日以後は譲受人が負担する、と日付で線を引き、サービスの提供月と入金月がずれる報酬のような債権債務の帰属を、提供した月を基準に決めておきます。利用者についても、事業の利用者は資産として当然に譲れるものではなく、譲受人に利用の継続を保証しない旨を書きます。譲渡の対象物の書き方は事業譲渡契約書の譲渡物の書き方が詳しく扱っています。
書き方の例(型として作り直した例) 譲渡の範囲・債務の承継・利用者
譲渡資産の範囲
債務の承継
利用者の承継
譲渡の範囲と対象外の資産(論点ごとの条文例)
- 譲渡資産は、別紙に記載する資産及び事業所内にある別紙に記載のない什器、備品、事務用品及び書類の一式とする。
- 次の各号に掲げるものは、譲渡の対象としない。(1)リース契約その他第三者から借り受けている物件及び当該契約上の地位 (2)預貯金、未収金その他の債権 (3)借入金、未払金その他の債務
- 譲渡日前に生じた債務は譲渡人が、譲渡日以後に生じた債務は譲受人が、それぞれ負担する。
対象外の列挙は、実際に譲らないものを事業の実態から洗い出して作ります。債権や債務の帰属は、決済や入金の流れに合わせて日付で決めます。
契約前に確かめる:許認可・従業員・賃貸物件
事業を営むのに行政の許認可や指定が必要な場合、事業を譲ったことで当然に譲受人に引き継がれるとは限りません。点検の記録では、許認可の申請手続を遅滞なく行うことが定められているだけで、譲渡日までに指定を取得していることがクロージングの前提条件になっていませんでした。取得できなければ事業を続けられないのに、契約は予定どおり成立し、譲渡人が責任を問われる構図です。
直し方は、譲渡日までの指定の取得をクロージングの前提条件にし、取得できないときは責任を負わずに契約を解除または延期できるようにすることです。許認可や賃貸借、個人データの引継ぎの考え方は、契約・賃貸借・許認可・個人データの引継ぎが事業譲渡の全体の中で説明しています。許認可ごとの要件は、事業を所管する行政庁の案内で個別に確かめます。
従業員と運営の基準にも、同じ種類の食い違いがありました。従業員を移籍させない前提なのに、譲渡日まで経営組織や体制、関係先との関係を「維持しなければならない」と結果を保証するように書かれていました。事業の運営に人員や設備の基準がある場合、譲受人が基準を満たせないときに譲渡人が責任を負わないことも書かれていませんでした。直し方は、体制の維持を「合理的に可能な限度で維持に努める」にとどめ、人員の確保、指定の取得、基準の充足は譲受人の責任と明記することです。従業員を譲受人に移す場合は、使用者の権利の譲渡に労働者の承諾が必要になります(民法625条1項)。[4]
事業所や店舗を賃借している場合は、賃貸借の承継を契約書に書く必要があります。賃借権は、賃貸人の承諾がなければ譲渡できません(民法612条)。賃借人が適法に賃借権を譲渡したときは、賃貸人は賃借人に敷金を返還しなければならないとされています(622条の2第1項2号)。そのため、敷金を誰が差し入れ、誰に戻るのかを、譲渡人と譲受人の間で精算する定めがなければ、譲渡人と譲受人の間の費用負担が不明になります。[5]
賃貸物件を引き継ぐときに契約書で決める項目
- 貸主の承諾を、いつまでに、誰が取るか。承諾が得られないときは解除または延期できるか
- 賃貸借の名義を切り替える日(切替日)はいつか
- 敷金の帰属と、譲渡人・譲受人の間の精算の方法
- 切替日までの未払賃料と、光熱費などの精算
- 原状回復の責任をどちらが負うか
- 保険の加入関係と、鍵の引渡し
クロージング:代金と引渡しの順序、現状有姿
クロージング(契約の効力を実際に生じさせ、代金の支払と資産の引渡しを行う日、またはその手続用語集)の書き方で、譲渡人が気をつけるのは、代金が入る前に引き渡してしまう形になっていないかです。点検の記録では、代金は譲渡日に支払うとあるだけで、代金の支払と、資産の引渡し、鍵、利用者に関する情報、名義変更が引換えの関係になっておらず、着金の確認前に引渡しを拒めることも明確ではありませんでした。直し方は、代金の全額が入金されたことを確かめた時に、引渡しと所有権の移転が効力を持つ形にすることです。
もう一つは、支払条項の整合です。代金は譲渡日に一括払いと定めているのに、分割払い向けの期限の利益の喪失(分割払いなどで、支払の期限が来る前は払わなくてよいという利益を、不払いなどがあったときに失わせ、残額を一度に請求できるようにすること用語集)の条項が置かれていました。一括払いでは、期限の利益は問題にならず、不払いのときは引渡しを拒む、契約を解除する、遅延損害金を請求する、といった効果を直接定めるほうが実態に合います。分割払いの条項が混ざる理由について、記録に記載はありません。
書き方の例(型として作り直した例) 代金と引渡し・期限の利益の喪失
代金と引渡し
期限の利益の喪失
本文と別紙の食い違いも、クロージングの前後で影響が出ます。記録では、商法526条の適用を排除する旨が本文に唐突に置かれる一方で、現状有姿(いまあるそのままの状態で引き渡すこと。品質の不具合があっても、決めた範囲で責任を負わないとする用語集)での引渡しと契約不適合責任(引き渡された物が、種類・品質・数量について契約の内容に合わないときに、売主が負う責任用語集)の排除が別紙にしかなく、本文で整理されていませんでした。商法526条は、商人どうしの売買について、買主に受領後の速やかな検査を求め、種類・品質・数量の不適合を見つけたらすぐ売主に知らせないと、追完、代金の減額、賠償、解除を求められなくなる、という内容を定めています。[3]
民法の契約不適合の規定では、買主は履行の追完を請求でき(562条)、不適合を知った時から一年以内に通知しなければ追完や代金の減額、損害賠償、解除ができなくなります(566条)。責任を負わないという特約を結んでいても、売主が知っていて伝えなかった事実については、責任を免れられません(572条)。[6]譲渡人の立場では、現状有姿での譲渡と責任の限定は本文に置き、知っている不具合は開示して、免責が及ばなくなる事態を避けます。責任と保証の全体は補償と責任の上限・請求期間が、クロージングの前提条件と同時履行はクロージングの前提条件と前後の義務が扱っています。
代金の支払と引渡し・現状有姿(論点ごとの条文例)
- 譲受人は、譲渡日に、譲渡代金の全額を、譲渡人が指定する口座に振り込む方法により支払う。譲渡人は、譲渡代金の全額の入金を確認した後に、譲渡資産を引き渡し、鍵及び利用者に関する情報を引き継ぎ、名義変更の手続に協力する。入金が確認できないときは、譲渡人は、引渡しその他の履行を拒むことができる。
- 譲受人は、譲渡資産を現状有姿のまま譲り受ける。譲渡人は、譲渡資産について、種類、品質又は数量に関する契約の内容への適合を保証せず、契約不適合責任を負わない。ただし、譲渡人が知りながら告げなかった事実についてはこの限りでない。
現状有姿の条項は、本文に置き、別紙の記載と食い違わないようにします。ただし書は、民法572条の趣旨を書面に写したものです。
引渡し後に残る:個人情報・責任・競業避止
事業を譲ると、利用者や顧客の個人情報も引き継がれることがあります。個人情報保護法は、事業が引き継がれるのに伴って個人データを渡す場合、受け取る側を「第三者」とは扱わないと定めています(27条5項2号)。ただし、事業を承継して個人情報を得た者は、本人の同意がなければ、承継前の利用目的を達成するのに必要な範囲を超えて扱うことができません(18条2項)。[7]
点検の記録では、情報の引継ぎが「譲受人が必要または有益と認める全ての情報」と無限定に書かれており、顧客の氏名や、病歴などの心身に関わる情報のように、要配慮個人情報(病歴など、本人が差別や偏見を受けないよう、扱いにとくに注意が必要とされる個人情報用語集)(2条3項)に当たり得るものまで、無制限に渡す構造でした。守秘義務も企業秘密の守秘にとどまり、利用者・家族の個人情報の目的外使用の禁止、安全管理、漏えい時の報告、利用者への説明と同意取得への協力が書かれていませんでした。直し方は、引継ぎの対象を「法令や同意に反しない範囲で、引継ぎに通常必要な情報」に限り、個人情報の取扱いを別に定めることです。安全管理措置は23条、漏えい等の報告は26条に定めがあります。[7]
責任の面では、表明保証(契約の時点で、一定の事実が真実で正確であることを当事者が表明し、保証すること用語集)と賠償の範囲が問題になりました。広範な事項を限定なく保証する構造で、提供資料が真正で正確であるという保証が、後日「説明と違った」と主張される入口になる形でした。また、譲渡人の責任の上限、請求期間、損害の範囲が限定されておらず、取引額を超える賠償を請求されるおそれがありました(債務不履行による損害賠償は民法415条)。直し方は、表明保証を「知る限り」「重要な点において」「故意または重過失を除く」と限定し、将来の収益や指定の取得を保証しない旨を書き、賠償は故意・重過失を除いて代金相当額を上限とし、譲渡日から一定期間内の書面による請求に限ることでした。[8]
競業避止:法律の定めと、書面で決めること
| 場面 | 会社法21条・商法16条の定め | 契約書で決めること |
|---|---|---|
| 特約がないとき | 別段の意思表示がなければ、同一の市町村の区域内と隣接する市町村の区域内で、譲渡した日から20年間は同一の事業を行えない | 範囲が広すぎないか。自分の今後の事業に支障が出ないか |
| 特約をするとき | 同一の事業を行わない旨の特約は、譲渡した日から30年の期間内に限って効力を有する | 期間・地域・禁止する行為の範囲を、取引の規模と事業の実態に合わせて絞る |
| いつでも | 不正の競争の目的をもって同一の事業を行うことは、特約の有無にかかわらず許されない | 不正の競争にならない範囲の活動を、契約で明確にしておく |
会社が事業を譲渡するときは会社法21条、商人(個人事業者を含む)が営業を譲渡するときは商法16条に、同じ趣旨の定めがあります。
点検の記録では、競業避止の競業避止(譲渡した事業と同じ事業を、一定の期間・地域で自分では行わないという義務用語集)が、期間が極めて長く、地域が県内全域に及び、禁止の対象が自営のほか就労、顧問、出資にまで広がっていて、取引の規模に比べて過大でした。直し方は、期間を数年程度に、地域を元の事業所の近くに、禁止の対象を実質的に競合する事業の自営に絞ることです。法律が30年までの特約を認めていることは、取引の規模に見合わない広さの約束が有効になることを意味せず、公序良俗に反する法律行為は無効という民法90条の問題が別に残ります。[9][3]
譲渡人にとって競業避止は自分を縛る条項なので、広く引き受けすぎないことが要点です。期間や地域の考え方、引継ぎ協力との関係は、競業避止と引継ぎ協力が扱っています。譲渡後に起きやすい紛争の想定は、譲渡後のトラブルとよくある質問にまとめられています。
表明保証の限定・賠償の上限と請求期間(論点ごとの条文例)
- 譲渡人は、本契約の締結日現在、譲渡人の知る限りにおいて、重要な点で、次の各号の事項に誤りがないことを表明し、保証する。(略)譲渡人は、譲渡後の事業の収益、利用者の継続及び指定の取得を保証しない。
- 本契約に関して譲渡人が負う損害賠償の責任は、譲渡人に故意又は重大な過失がある場合を除き、譲渡代金の額を上限とする。
- 譲受人は、譲渡日から○か月以内に、書面により請求しなければ、前項の請求をすることができない。
上限と期間の数字は、取引の規模と事業の実態に合わせて決めます。「(略)」の部分は、事業ごとに保証する事項を限定して並べます。
書面の仕上げと、点検の進め方
点検の最後は、書面の仕上げです。記録で見つかった問題の一つは、法人どうしの契約なのに、解除の事由に「死亡、後見、保佐または補助の開始」という個人を当事者とする契約向けの事由が入っていたことでした。記録は、AIで作られた契約書にありがちな、個人契約用の条項の混入と整理しており、AIがしやすい理由として記録に記載があったのは、この1点だけです。直し方は、削除するか、法人向けの事由(解散、支払停止、破産手続開始の申立てなど)に直すことです。
協議条項では、疑義の解決を「民法および会社法の規定に基づき」とするだけで、実際に関係する他の法令が抜けていました。事業ごとに関係する法律は変わるので、「関係法令および本契約の趣旨に従い誠実に協議する」と書くほうが実態に合います。管轄は、「日本の法令に基づき管轄を有する裁判所」とあるだけで、専属的合意管轄(ほかの裁判所では訴えを起こせないものとして、紛争のときの第一審の裁判所を一つに決める合意用語集)になっておらず、紛争のときの裁判所を固定できませんでした。裁判所を合意で決める場合の条件は民事訴訟法11条にあり、第一審の裁判所に限られ、ある法律関係から生じる訴えに限って、書面か電磁的記録で合意しておく必要があります。直し方は、当事者の所在地の地方裁判所を専属的合意管轄にすることです。[10]
反社会的勢力の排除条項は、最低限の内容はあるものの簡素で、資金提供、便宜供与、名義貸し、経営への関与といった類型が入っていませんでした。記録はこれを大きな欠陥ではないと評価し、類型を補う程度の直しにとどめています。AIの下書きを、すべて同じ重さで「誤り」と数えないことも、点検の大事な視点です。
譲渡人側の点検の進め方
- 1
立場を確かめる
自分が譲渡人か譲受人か、会社か個人事業者かを書面の冒頭で確かめます。立場で重点が変わります。
- 2
譲るものと譲らないものを書き出す
設備、備品、書類、債権、債務、リース品、契約上の地位、利用者、従業員、許認可、賃貸物件を並べ、移るものと移らないものを分けます。
- 3
前提条件と契約前の手続を確かめる
許認可の取得、貸主の承諾、会社内部の承認が、クロージングの前提条件になっているかを見ます。
- 4
代金と引渡しの順序を追う
支払方法、着金の確認、引渡し、鍵、名義変更が引換えの形か、分割払いの条項が混ざっていないかを見ます。
- 5
後に残る責任を限定する
表明保証、賠償の上限と請求期間、競業避止、個人情報の引継ぎが、事業の実態に見合う範囲かを見ます。
- 6
書面の仕上げを確かめる
個人契約用の事由、協議条項の法令の言及、管轄、本文と別紙の食い違い、反社会的勢力の排除を見ます。
事業譲渡契約書の確認点
- 譲渡する資産の目録が実態の全部を覆い、譲渡しないものも書いてあるかAIの下書きの点検記録
- 代金の支払と引渡しの順序が決まっているか(分割払い向けの条項が混ざっていないか)AIの下書きの点検記録
- 許認可・指定が前提条件として扱われているかAIの下書きの点検記録
確かめる問いと理由点検の前に確かめておくこと
何を譲り、何を譲らないつもりか。
目録と対象外の列挙を、実態に合わせて作るためです。
譲渡日より前の債務と、入金月がずれる債権は、どう扱うか。
債務の切り分けと、債権の帰属を日付で決めるためです。
事業に許認可や指定が必要か。譲受人は取得できる見込みか。
前提条件と、取得できないときの解除・延期を設計するためです。
代金はいつ、どの方法で払われ、何と引換えに引き渡すか。
同時履行の定めと、不払いのときの効果を決めるためです。
従業員、賃貸物件、利用者の個人情報は、どう扱うか。
従業員の承諾、貸主の承諾、個人データの引継ぎの範囲を決めるためです。
どれも事業の実態から決まる事柄で、AIの下書きだけでは埋められません。
起きがちなこと
- 目録が主要な設備だけで、備品や書類を譲る実態が書かれていない。
- 譲らないと決めた債権やリース品が、「含む」の一語で譲渡の対象に入ってしまう。
- 許認可の取得が前提条件でなく、取得できなくても契約が進み、譲渡人が責任を問われる。
- 代金の入金を確認する前に、鍵や利用者の情報を渡す形になっている。
- 個人契約用の事由や、分割払い用の条項が、法人どうしの一括払いの契約に残っている。
AIが作った事業譲渡契約書は、一応の体裁を備えていても、事業の実態との食い違いが残ることがあります。点検表を使って、契約前、クロージング、引渡し後の順に確かめると、直すべき箇所が見えてきます。誤りの型ごとの説明は実態との不一致のページ、責任条項は責任条項の過不足のページ、書面の組み立ては組み立ての不備のページ、個人情報は権利と個人情報のページにあり、自分で確かめる項目は書類の種類別チェックリストにまとめています。
点検と仕上げの料金は、料金表に書類1通ごとの定額でまとめています。手元の書類のどこから確かめればよいか迷うときは、ページ末尾の相談の枠から、書類の種類と気になっている点をお知らせください。急いで契約する必要がなければ、このページの確認項目を一通り当てはめてみるだけでも、直すべき箇所の見当はつきます。
根拠・出典
- [1]会社法 21条・22条・23条・467条(譲渡会社の競業の禁止・商号を使用した譲受会社の責任・債務の引受けの広告・事業譲渡等の承認)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086(確認日:2026年10月23日)
- [2]民法 470条・472条・539条の2(併存的債務引受・免責的債務引受・契約上の地位の移転)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [3]商法 16条・17条・18条・526条(営業譲渡人の競業の禁止・商号を使用した譲受人の責任・債務の引受け・買主による目的物の検査及び通知)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/132AC0000000048(確認日:2026年10月23日)
- [4]民法 625条1項(使用者の権利の譲渡の制限)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [5]民法 612条・622条の2第1項2号(賃借権の譲渡の制限・敷金の返還)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [6]民法 562条・566条・572条(買主の追完請求権・担保責任の期間の制限・担保責任を負わない旨の特約)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [7]個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律) 2条3項・18条2項・23条・26条・27条5項2号(要配慮個人情報・事業の承継に伴う取得・安全管理措置・漏えい等の報告・事業の承継に伴う提供)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057(確認日:2026年10月23日)
- [8]民法 415条(債務不履行による損害賠償)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [9]民法 90条(公序良俗)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089(確認日:2026年10月23日)
- [10]民事訴訟法 11条(管轄の合意)e-Gov法令検索(法令API)で現行条文を確認(基準日:2026年10月23日) https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109(確認日:2026年10月23日)
よくあるご質問
事業譲渡で、何が当然には移らないのですか。
事業譲渡は移すものを一つずつ決める取引なので、移し方が個別に必要なものがあります。契約上の地位は相手方の承諾が必要で(民法539条の2)、債務は債務引受の手続が必要です(470条・472条)。賃借権は賃貸人の承諾(612条)、従業員は本人の承諾(625条1項)が必要で、許認可や指定は、法律と所管の行政庁の手続によります。契約書には、何を移し、何を移さないか、前提条件を何にするかを書きます。
代金と引渡しの順序は、どう決めればよいですか。
譲渡人の立場では、代金の全額の入金を確認した後に、資産の引渡し、鍵や利用者情報の引継ぎ、名義変更への協力を行う形にします。入金が確認できないときは、引渡しその他の履行を拒めると書いておきます。一括払いなのに分割払い用の期限の利益の喪失条項が残っていないかも確かめます。
従業員は引き継がれますか。
当然には引き継がれません。会社が労働者に対して持つ権利を他の者に譲るには、労働者本人の承諾が要ります(民法625条1項)。従業員を移さない前提なら、契約書に移さないことと、譲受人が自らの責任で人員を確保することを書きます。譲渡日まで体制を維持するという書き方は、結果の保証にならないよう「合理的に可能な限度で維持に努める」とします。
競業避止は何年まで書けますか。
法律は、特約をするときの効力を譲渡した日から30年の期間内に限っています(会社法21条2項、商法16条2項)。ただし、30年までなら有効という意味ではありません。取引の規模に見合わない広さの約束は、公序良俗の問題が別に残ります。点検の記録では、期間を数年、地域を旧事業所の近隣、禁止の対象を実質的に競合する事業の自営に絞る直しをしました。
賃貸物件の名義変更では、何を決めればよいですか。
賃借権の譲渡には賃貸人の承諾が必要です(民法612条)。契約書には、貸主の承諾を取る時期と担当、承諾が得られないときの解除または延期、切替日、敷金の帰属と精算、切替日までの未払賃料と光熱費の精算、原状回復の責任、保険、鍵の引渡しを書きます。適法な賃借権の譲渡では、賃貸人が賃借人に敷金を返還するとされているので(622条の2第1項2号)、譲渡人と譲受人の間の精算の定めが特に重要です。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の書類が有効か無効か、どの条項を直すべきかは、事業の実際の流れ、取引の相手、書類の全体の構成によって異なります。書き方の例として紹介している内容は、型として作り直した一般的な例で、特定の事業者や書類を示すものではありません。条文は e-Gov法令検索(法令API)で2026年10月23日時点のものを確認しています。参考: e-Gov法令検索 / 文化庁 / 個人情報保護委員会 / 法務省 / 消費者庁